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戦争と原爆と国防に想いを致す旅。-平和記念資料館-

 1945年8月6日に米軍が投下した原子爆弾によって広島県中島地区は壊滅し20万人を超える市民が死亡した。

 さて、原子爆弾そのものと広島への原子爆弾投下についての詳細は各々調べてもらえば良いのでここでは論評しないことにする。その上で平和記念資料館についての感想を述べるならば、一言で言って驚いた。広島は長崎と併せて、核兵器の被害地であり、平和・反戦・反核のシンボルとなっているわけだが、この平和記念資料館も、平和・反戦・反核のシンボルとしての施設であると考えていた。しかし実際はそうでは無かった。無論原子爆弾やその被害について語り継ぐことが反核活動にも繋がることは確かだが、平和記念資料館で語られる内容そのものは極めて中立的であり、平和・反戦・反核よりも現実を述べるに終始している印象を受けた。
 中でも最も評価をしたのは、米国側の視点から核兵器の使用に至る経緯を資料に基づく形で紹介しており、20億ドルを投じた原子爆弾開発をどうしても成功させねばならなかった政治家・研究者、最後まで原爆使用に反対した勢力等の当時の米国政治情勢も述べられており、そこには原爆使用に対する礼賛も批難も無いように感じられた。
 評者は自身の保守思想を揺るがすかもしれないと構えた上で原爆の実態を知っておくべきと考え平和記念資料館を訪れたわけだが、その公平性によって私の思想が根底から覆されるには至らなかったのが率直な結果だ。

 これまで評者は、戦争に於いて市民は一方的に被害に遭う存在であり、例えばある国の市民にとっては占領軍も解放軍も市民の生活を圧迫する意味において同等であり、どちらが善と言うことも無いと考えていた。同じ理屈で、特殊焼夷弾で死ぬことも原子爆弾で死ぬことも、どちらも市民が一方的に殺されると言う意味では同じであり、単純に兵器の選択の差異に過ぎないと、一部では考えていた。
 平和記念資料館にはジオラマがある。一方は原爆投下前でもう一方は原爆投下直後を再現したものだ。後者は、それはもう綺麗に更地だった。一部コンクリート製の建造物以外はほぼ全て吹き飛び、まるで解体作業後であるかのようにまっさらになっている。
 この被害を見ると、核兵器の使用は一般兵器のそれとは一線を画すものであると認識せざるを得なくなった。




 被爆者の方から話を聞けるらしいとあって楽しみにしていたのだが、どうやら予約が必要らしい。残念ながら被爆者当人から話を聞くことは出来なかったが、ボランティアの人から話を聞くことが出来た。色々聞いておきたいことがあったのだが、それは議論したり論破したりされたりするものではなく、当地の方がどのような思想や理念を持っているのかを直接聞くためのものだ。それらを要約して以下に記す。


・原子爆弾を使用した当の米国に対する感情について。
 人それぞれであり、人によっては米国を強く恨む方もいるし、そうでない人もいる。一概には言えない、との返答であった。

・当時の日本の最高権力者であり、軍を統括する立場にあられた昭和天皇に対する感情について。
 米国に対する感情と同じく広島県民として一致した見解は存在しないそうだ。

・久間元防衛大臣の原爆に関する発言について。
 否定派の主なロジックであるところの、「当時の日本の状況を考えれば原爆の使用は仕方が無かったという論理は、未来に於いても状況次第では核兵器の使用を容認する考え方である」と言う認識をお持ちであった。

・1975年の昭和天皇のご発言について。
 昭和天皇が訪米からお帰りの際の記者会見に於いて、原爆投下について以下のように述べられた。
「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾に思っておりますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思っております」
 このご発言については、話を聞いたボランティアの方は承知無かったようだ。

・北朝鮮核実験を受けての中川昭一自民党議員の発言について。
 中川昭一自民党議員は以下のように発言した。
「非核三原則は国民との重い約束だ。しかし、最近の北朝鮮の核兵器実験の動向を受けて、この約束を見直すべきかどうか議論を尽くすべきだ」
「非核三原則の下で核を持たずにどういう対抗措置ができるのか真剣に考えなければならない。その議論と非核三原則を守ることは矛盾しない」
 麻生太郎はこの件について「言論を封殺する考え方には与しない」と、議論すること自体に反対する意思は無いことを明らかにしていることと共に尋ねたところ、日本の核武装はありえないので議論する必要が無いとの見解であった。


 総括すると、話を聞く限りにおいては、反戦平和を掲げるいわゆる左翼勢力の主張とは違った反戦平和の思想であると感じられた。



 米国側の撮影による原爆炸裂の瞬間の映像を見る機会は多数あるが、以前は規模の大きさに衝撃を受けるに留まっていた。しかし平和記念資料館を訪れてからは、あの火の玉の下には「人間」がいたのだと、その「人間」が建物と一緒に吹き飛ばされたのだと実感するに至り、後に訪れた大和ミュージアムでその映像を見た際には涙を流すことになった。今後も、たまにあの映像を見て涙を流すのだろうと思う。

 しかしながら評者は、日本の核武装について議論無しに否定する考えには与するものでは無い。

14:36  Posted by 空白
社会・歴史。 : comments(0) : -

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